クレヨンしんちゃんについてです。
僕は小さい頃からしんちゃんを読んで過ごしてきました。
僕はしんちゃんと共に成長してきた感じです
今回の臼井さんの事故はとても辛く思います。
マンガタウンでは今月までの予定でしたが、
どうやら遺稿が見つかったらしく、マンガタウンでは3月号まで継続するそうです。
僕はマンガタウンでしんちゃんを楽しんでました。(一応単行本ももってますが・・・)
ですが、最近マンガタウンを買うのがとても辛いです。
読んでしまうと、しんちゃんが終わってしまう気がして・・・
なかなか、しんちゃんのページが開けません。
多分僕はこれから掲載されるしんちゃんは読まない、読めないと思います。
みなさんはどうしますか?
しんちゃんに対する思いでもいいです。
出来ればいろんな意見をください。
本当にお願いします。
分かりにくい文章で申し訳ございません。
気持ちとっても分かりますよ。
私も、現在は良くなりましたが、臼井先生の訃報を聞いてから、「クレヨンしんちゃん」を見るのがとてもツラかったです。
大好きな作品だからこそ、しんちゃんを見る度に悲しくなるというか…。
今回も、原稿が見つかったということでとても嬉しいけど、なんだか自分の中ではまだまだマンガ(コミック)が続いてる気がするというか、亡くなった事を信じたくないというか…、なので、遺稿という記事を見た時、「3月号で本当に終わってしまうんだ…」という悲しい気持ちにもなりました。
私も、その時は、今後「クレヨンしんちゃん」を笑顔で見ることは出来ないと思っていましたが、時間がたち、もう一度「クレヨンしんちゃん」を読みたいと思えたので、コミック全巻所持しているので読み返しました。
最初は悲しい気持ちだったけど、やはり臼井先生のしんちゃんは凄いです。笑いに変えるんですよ!
読み返してみて、今まではしんちゃんがあるのが当たり前になっていましたが、やはりとても大好きな作品だと実感しました。
なので、質問者様の気持ちは分かります。
時間がたって、しんちゃんが読みたいという気持ちになった(気持の整理がついた)時に読んでみたらいかがでしょうか?
それにしても、3月号で本当に終わってしまうんですね…。とても悲しいです。
しんちゃんという存在は永遠です。
もちろん臼井先生という存在も。
永久欠番、という言葉をご存じでしょうか?
中島みゆきさんの作った詩なのですがこれを思うと何となく気が楽になります。
永久欠番なんです。
しんちゃんは決して終わっていないのです。
臼井先生の頭の中にずっと生き続けて、
読者の頭の中にもしんちゃんは生き続ける。
臼井先生が「おわり」と書かないかぎり、しんちゃんは終わりません!
どんな立場の人であろうと
いつかはこの世におさらばをする
たしかに順序にルールはあるけど
ルールには必ず反則もある
街は回ってゆく 人1人消えた日も
何も変わる様子もなく 忙しく忙しく先へと
100年前も 100年後も
私がいないことでは同じ
同じことなのに
生きていたことが帳消しになるかと思えば淋しい
街は回ってゆく 人1人消えた日も
何も変わる様子もなく 忙しく忙しく先へと
かけがえのないものなどいないと風は吹く
愛した人の席がからっぽになった朝
もうだれも座らせないと
人は誓ったはず
でも その思い出を知らぬ他人が平気で座ってしまうもの
どんな記念碑(メモリアル)も 雨風にけずられて崩れ
人は忘れられて 代わりなどいくらでもあるだろう
だれか思い出すだろうか
ここに生きてた私を
100億の人々が
忘れても 見捨てても
宇宙(そら)の掌の中
人は永久欠番
宇宙の掌の中
人は 永久欠番
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